僕が沖仲仕に行っていたのは17歳で、1966年だ。確かに女の沖仲仕がいた。男20人に対して1人いたか。門司港に外国船貨物が入る。多い時は10隻以上は入って来ていた。麦飯の弁当に麦茶。20分に1回、いっぷくの休憩があった。身体の小さな男は、バナナなど楽な荷揚げ。60キロの硫安40キロのセメントはキツい荷揚げになる。暑い真夏に、よくやったもんだ。朝の5時までオールナイトで働くと、ピンはねされても7000円はあった。あの頃、門司港周辺にはパチンコ屋が沢山あり、外人バーも繁盛していた。門司競輪大盛況。博打場もあったし、女の人が引く屋台もあった。パチンコ屋の店員(女性)と仲良しになるのが、世渡り上手な奴。家出、夜逃げのカップルは、即パチンコ屋の寮へ。昔は寮というのが仕事には当たり前に、あるのだった。