カレー仙人高野のブログ

昭和40年代の小倉駅の朝は、沖仲仕の日雇い労働者が手配師に面着(めんちゃく)を依頼する光景があちらこちらに見受けられ、そこから一日が始まり、街も活気づいてくるのだった。貨物船の入りが少ない日は、仕事にあぶれた人がパチンコの開店待ちでコーヒーショップに7時には入って行く。コーヒーにトーストと茹で卵に喰らいつく、スポーツ新聞片手に。心はすでに小倉競輪だ。小倉の街は、パチンコでもっているから、そんな人の為のモーニングサービスやランチ、夜は居酒屋が大切なんだ。(居酒屋のオーナーの話し)気取った店は流行らない。安くて
早く食べられて、腹一杯になる飲食店が流行るんだから、、。昭和40年代の百円の天ぷら定食の店は、今も形態は変わっているが健在だ。「安あがり」と言う、確かに安くて早出しのうどん屋があった。小倉の食文化は実は特異性が強い。

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