その昔は、北九州地区と深い関係性があったのは、中津であったのかもしれない。中津の港に大阪、神戸、明石、兵庫から舟が船が物を、人を、運んでいたからだ。
一般的には陸を伝って、と考えがちだが、瀬戸内海を渡る方が早かったのかもしれない。だから、中津は栄えたし、小倉の人達も中津に一目置いていたのだ。九州で一番最初に営業したラーメン(支那ソバ屋)は、中津という説があるくらいだし、瀬戸内海に点在した寄港町が賑わったのも、瀬戸内海の天候が変わりやすかった為と、関連性を強く考える事ができる。中津の「津」は港で、九州の真ん中にある港の意。ちなみに1912年に神戸で創業された「大貫本店」が日本最古のラーメン屋。戦後、尼崎に移転。戦後、見様見真似の試行錯誤でラーメン屋(支那ソバ屋)は創業されたが、まだ店舗を持てるほどの客はなく、屋台でとりあえずの営業から始まったと考えられる。
「南京〇〇」「北京〇〇」「福寿〇〇」などの店名は、イコール🟰ラーメン(中華ソバ)をイメージさせない。中華料理、台湾料理から、未だラーメンが独立していない時代を象徴している。